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君が代について

過去のエントリーでも一度取り上げたが、かなり大雑把な説明だったので
今回、少し違う視点から"君が代"を取り上げているサイトを紹介したい。

Trumpet Player 野間裕史のページのサイトにある"君が代について"に音楽的な視点をふまえた解説がされているので一読してみてほしい。

さて、21日東京地裁にて「懲戒処分をしてまで起立、斉唱させることは、思想、良心の自由を侵害し、行き過ぎた措置」として国歌斉唱、強制は違憲とする判決がなされた。
都側は控訴する方針のようだが、さてどうなることやら。
思想や良心の自由以前の問題じゃないか。
小泉総理も発言していたが法律以前の問題でもある。

"君が代問題"最大の問題点とは君が代に対する知識や認識がバラバラである事だ。
意見を交える事なく強制する側、偏った知識を全てと決め込んで反対する側。
両者とも本当の意味で君が代を理解してその行動に及んでいるのだろうか。
根津教諭の「君が代」拒否
/日刊ベリタ/

この記事は君が代を拒否し、停職処分を受けた後も出勤し不当を訴え続けた根津教諭の特集だ。
かなり長文だが一読してみてほしい。

この問題の個人的な意見を書くと、停職三ヶ月は不当だと思う。
人によっていろんな意見があるから、もっと語り合いたいという姿勢もその通り。
文中に登場している左利きの青年のエピソードにも共感は持てる。
俺自身が左利きで「左で箸を持っている姿が見苦しい」等と言われた事もあるからね。

しかしだよ。
それと君が代と一体何の関係があるのか。
根津教諭の主張は「思想および良心の自由の侵害」とし、
"君が代"について説明さえせず起立させる事は
「指示には考えずに従え」という事だと言う。
過去のエントリーでも上記で紹介したサイトにもあるが、
君が代の歌詞自体は"どんな思想も良心の自由"も侵害していない。
童歌としても親しまれ、結婚式等の祝い事でも歌われていた。
曲自体も和洋中の合作と言っても間違いではない。
教師が卒業式で歌うという事は・・・

卒業生達の人生(寿命)が、千年も八千年も、細石が大きな岩となり、
苔が生えるまで、長く長くずっと続きますように


と、無事に卒業までたどり着いた生徒達を祝って送り出す意味になる。
にもかかわらず拒否するという事は、いささか偏った思想を持っていると言わざるを得ない。
明治〜戦後の間を全てと捉えて"君が代"は軍国主義思想を連想させると考えてはいないだろうか。
歌う=天皇崇拝=軍国主義 と安易な構図を描いてはいないだろうか。
1000年の歴史を持つ歌詞を数十年のイメージで全否定してしまう思考に危惧を感じる。
"君が代"についての歴史や知識を生徒達に説明せず従わせるのは間違いだと思う。
しかし、教える立場の人間が正しい認識を持っているとは限らない。
日記に登場する左利きの青年は「教師でも間違う事がある」と指摘しているが
これは根津教諭にもあてはまる事だ。
「君が代は天皇崇拝で軍国主義を連想させる歌だから、嫌なら歌わなくて良い」
と教えるつもりなら、知識不足というだけでなく個人的な思想の押し付けになってしまう。
これでは強制した側と何ら変わらない。
まずは"君が代"について教師自身が深く掘り下げて、調べて、理解するべきだ。
継続する事の難しさ、大切さ、その素晴らしさを教師ならば知らないはずはない。
あなた方が安易に強制、或いは否定しているその"歌詞"は、
気が遠くなるような長い時間、国民に慣れ親しまれ続けた伝統文化そのものなのだから。

もう1つ気になる事がある。
中学校の教師は義務教育を任され、生徒達がどれほど嫌がろうとも、社会に出て困らぬように、団体行動や規律、規則を順守する必要性を説かねばならない。
そのために年間行事や校則があるわけだが、さて、もしも生徒達が個々人の思想を持ち出して「NO!」と突きつけて来たら、自ら個人的な思想を貫く姿勢を見せた教師は、何と返答するのか。

教師にとって一番重要な責務は、偏見に基づかない中立の立場からあらゆる価値観を教え、出来る限り多くの選択肢を子供達に与えてあげる事だろう。
そもそも教育の場に思想を持ち込むのはいただけない。
教えられた知識を育てていくのは生徒自身でなければいけないし、
その知識の中から自分なりの思想を構築していくのも生徒自身でなければならない。
そうでなければ、教師の受け売りコピー人間になってしまう。

『まとめ』
君が代拒否で3ヶ月停職とは行き過ぎた処分で不当だと思う。
しかしながら、その問題の本質は思想の自由以前の話だ。

失礼ながら俺の目にはこう映っている。↓
長渕ファンに「これ良いから聞いてみ」と、曲を薦められて
「嫌いだから聞かない」と言ったら殴られた。


殴られたのは不当だが、曲自体には何の関係もない。

そろそろ純粋に日本の伝統文化の1つとして、
また、1つの楽曲として正当な評価を与えて欲しい。
"君が代"を様々なシガラミから解放してやる時期じゃないのかな。

他にも例のふざけた替え歌について書くつもりだったけど、
長くなったのでまたの機会に。

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  • at 10:29
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Comments
はじめまして。
「権利」と「義務」。はき違えている人が多いですね。
学校という場であるからこそ、我慢しなければならないものは多いはずです。なんだか、本当におかしな判決ですね。
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歌わないことは本当に自由なのか
 不思議な地裁判決が出た。  「君が代」を斉唱しなかった都の教職員に対して為された懲戒処分は、「思想良心の自由」を侵害するから違憲、というもの。「あれ?」と思った人は、私の他にもいるのではないかしら?
  • これも日常それも日常
  • 2006/09/24 1:43 AM