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日本の歴史と宗教

俺は少しだけ日本の歴史を学んだ。
いくつかの歴史小説や歴史書も読み、時々ネットで調べたりもする。
と言えば聞こえは良いが、ようするに趣味の範囲でしか学んでない、普通の日本人だ。
その少ない知識の中で、日本人の歴史と宗教の関係を考察してみる。

『神道(しんとう)とは』

簡単に説明すると、日本固有の多神教で、森羅万象全てのモノに神が宿ると言う考え方を持ち、各地の民族信仰や自然信仰が部族、豪族達の交流と共に神も習合され、天皇がその祭祀を司り、1つの大きな共同体として形成されていったもので、明確な経典も無く、他宗教をあっさりと受け入れる一方でそれに吸収、支配される事無く、現代まで続いている宗教である。

近年で言えば「千と千尋の神隠し」が記憶に新しい。
八百万の神(やおろずのかみ)がくつろぎに来る銭湯宿の話だ。
少し前の世代なら「孔雀王」だろうか。

この神道を学問として理解しようとすると非常に難解で、
今まで様々な知識人達が挑戦してきたが、未だ明解な答えは出ていない。

『現代日本人の勘違い』

戦後民主主義の日本では明治時代に成立した国家神道のイメージが強く、
天皇云々と言えば、すぐに右だの軍国化だの騒ぐ輩がいるようだが、
その認識は間違いだ。
明治時代についても誤解している節があるが、そもそも天皇は古来より「日本の象徴」
であって、実権があろうが無かろうが、常に日本国の中心に在る。

分かりやすい例を挙げれば、お隣の中国。
人民主権を掲げながら、権力者が存在している矛盾。
軍国化においては語る必要すら無い。

政治形態と制度は別問題で、独裁者が立憲制を認めているなら国民主権となり、
人民主権でも一部の為政者が権力を掌握しているなら独裁政治となる。

これは国旗、君が代についても言える事で、思想や政治と結びつけて語る必要がない。
仮に日本が共産主義になろうと国旗は国旗、国歌は国歌である。
政治形態が変わる度に、いちいち国旗を作り直し、国歌を変えるつもりだろうか?
それとも国旗と国歌を廃止したいのだろうか。
それならオリンピックはどうするつもりだ。
ピカチューでも旗に書いとくか?
国歌の代わりにおっぱい占いの歌でも流すか?

だいたい、君が代は天皇崇拝や軍国主義とは一切関係ない。
イギリス人から「え!?日本って国歌無いの?マジで?」と言われて、
民衆の間で昔から慣れ親しまれた「お祝いの歌の歌詞」を拝借しただけだ。
つまり君が代の「君」というのは祝福されている相手を指しているのであり、
結婚式で歌えば新郎新婦、卒業式で歌えば卒業生が「君」となるのだ。

1000年以上も歌われ続けた"民衆の民衆による民衆のための歌詞"を
国歌として採用する国など、世界中を探しても日本だけだ。
これがいかに誇らしい事なのかをもっと理解するべきだ。

肯定派だろうが、否定派だろうが、勝手なイメージを押しつけ合って
何でもかんでも政治や思想に絡めて腐らせるんじゃない。

話が逸脱してしまったので、戻そう。

『マスコミが無かった時代の天皇』

通信技術もマスコミも無かった時代においては、
民衆にとって天皇とは雲の上の存在だった。
天照大神を皇祖神とし、神々の祭祀を司る天皇とは、
まさに神に等しい存在と言って良いだろう。

民衆→民族信仰→天皇→神

天皇は民衆のために祭祀をし、民衆は精神的な礎として感謝する。
一見、ただの宗教国家なのだが、実は違う。
このシステムより以前から神道は存在し、民衆は自主的に信仰していた。
日本史における政治に根付いた宗教とは、神道ではなく「仏教」である。

推古天皇の時代、聖徳太子は四天王寺を始め多くの仏塔を建立し、
仏法を日本に拡め、以後様々な宗派が誕生していく事になる。

しかし、ここで1つの疑問が浮上する。
普通、既に国家が宗教を有する場合、他教は到底受け入れられるものではなく、
最悪宗教戦争にまで及ぶ可能性が高い。
それは歴史が証明している所だ。
にも関わらず、仏教と融和してしまった神道とは一体何なのだろうか。

『仏教と神道とキリスト教』

融和を可能にした理由として、同じ多神教であったというのがある。
自分達の宗教に似ているのだから、受け入れ易いといえば、易い。
だが、いかに似ているとはいえ、他宗教を"政治"に組み込むという事は、
国を乗っ取られるに等しく、天皇の存在も危うくなるはずで、
制度はまだしも、民衆の意識まで転換させねばならなくなる。

そこで日本に仏教が伝来した時のエピソードをみると、
天皇は「仏教を信仰するかしないか」を臣下に問い、
それを求めた臣下に仏像と経典を与え、信仰を許した。
とある。(かなり簡単に説明。)

このエピソードから天皇の立場は以下のように推測される。

民衆→民族信仰+仏教→天皇→神

彼らは民族信仰と仏教を対立するものと認識していたが、
天皇は別格としていたのである。
ここに、後の権力争いを背景に神道と仏教が融和していく原因があるようだ。

一方、キリスト教はどうだったのか。
16世紀に伝来し、今も日本に存在しているが、神道との融和は出来なかった。

1つには、唯一神教という事が挙げられる。
これは他の神を認めていないので、当然と言えば当然の事だ。
しかしキリスト教には、唯一神としながらも"天使"という存在があった。
「相容れないが、似ている部分もある」
という事で布教活動は容認されたのではないか。

もう1つの要因は、キリスト教の教えそのものにある。
宗教の頂点に立つ者が"神からの啓示"として、民衆に説き、
遠い未来に起こる何かのためや来世のために祈るという思考は、
現世利益的宗教(神道)の日本にはあまり馴染まないのだろう。

『神道と日本』

宗教家の中には日本にはびこる「現世利益主義」を
批判的に感じる方もいるようだが、それは勘違いだ。

神道において現世利益は正しい。
何故なら現世においての利益とは、平和であるからだ。
天皇は、民衆が平和に暮らせるように祈り、
民衆は「今日も平和に暮らせました」と神に感謝するのだ。
神棚に祈る習慣がそれだ。
マスコミが受験シーズンばかりをピックアップするから
そういうイメージが残るだけだ。

では、現代日本人の無神論、無信仰はどうなのか。

は、次回の考察にまわしたい。

・無神論、無信仰の謎
・「ハレ・ケ・ケガレ」思想について
・日本の歴史と宗教 -まとめ-

の3本でお送りします。


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【日本の歴史】について
日本の歴史日本の歴史(にほんのれきし)、日本史(にほんし)とは、日本または日本列島における歴史である。本項では日本の歴史を概観する。各時代の詳細は、各時代区分項目(各節の冒頭のリンク先)を参照されたい。.wikilis{font-size:10px;color:#666666;}Quotation
  • 日本邂逅
  • 2007/06/05 6:42 PM
祭りの叡智
神道の根幹に祭りがあるといってよい。神道にはいわゆる体系的な教義やまとまった聖典はないが、その代わりに祭りがあるともいえるのだ。 菅田正昭氏著「面白いほどわかる神道のすべて」より引用
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